通学路の交通安全対策

28日午前8時ごろ、横浜市の通学路で登校途中の小学生の列に、87歳の男が運転する軽トラックが突っ込み、1年生の男の子が犠牲となり、また子ども4人が負傷する大変痛ましい事故が発生しました。亡くなった男子生徒のご遺族のお悲しみは、察するに余りあるものがあると思います。心からご冥福をお祈り申し上げます。また負傷された児童の一日も早いご回復を願っています。子ども達の通学時の見守り活動を行っている者として、この事故には二つの問題があると考えます。一点目は今回高齢者が起こした事故であり、逮捕された容疑者は「どうして現場まで行ったかよく覚えていない」と供述しているそうです。今後、免許制度における高齢者への対応について、何らかの制度改正も必要ではと考えますので是非関係省庁でご検討いただきたいと思います。2点目ですが、今回の事故現場は交通量が多く地域住民からも危険性が指摘されていたという事です。私の地元学区でも非常に交通量の多い街道が一部通学路に含まれています。京都市では平成24年に亀岡市や東山区祇園で発生した交通事故を契機に、教育委員会、建設局、警察署が協議し全ての学区においてハード面(路側帯のラインやガードレール)ソフト面(交通規制や通学路の変更)での安全対策が実施されました。ただ個別には色々危険個所もあり、私も市議在職中は信号機設置や補導拡幅などのお手伝いもさせていただきました。平成24年に対策が実施された時と状況が変わってる可能性もありますので、今、改めて私たちは子ども達の大切な命を守り抜くそんな覚悟でそれぞれの地域においてそれぞれの通学路の危険個所を徹底的に調査して、その結果を踏まえて、たとえば京都市のPTA全体の意向として関係行政機関に改めてハード、ソフト両面での安全対策を要望する、そんな活動も必要ではないでしょうか。

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鞍馬の火祭

毎年10月22日には、鞍馬由岐神社の例祭「鞍馬の火祭」が斎行されます。お祭の歴史は平安時代までさかのぼり、940年(天慶3年)都での世情不安を治めるため朱雀天皇の勅によて平安京の内裏に祀られていた由岐大明神様が北方鎮護として鞍馬に遷され、この時に鞍馬の里の人々が、かがり火を焚いてご神霊をお迎えしたことが起源とされています。午後6時「神事にまいらっしゃれ」の掛け声を合図に里の家々ではかがり火に火がともされ、「サイレヤ、サイリョウ」(祭礼や祭礼の意)の掛け声のもとに小さな松明を持った子どもが集落内を練り歩き、それに重さ100キロを超える大きな松明を持った大人が加わり、その松明が午後九時前頃には鞍馬寺の山門に集結します。近くでい見させていただきましたが、火の粉が舞い上がり、松明が燃える音聞こえ、何より炎の熱さを肌で感じます。すごく幻想的で、強さを表す独特の衣装を着た松明の担ぎ手は勇壮です。この都に伝わる千年以上の歴史を持つ素晴らしいお祭が、ずっとずっと後世に伝えられていくように、深く深くお祈りしています。

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岡崎神社ご由緒。

昨日は、いつもお世話になっている岡崎神社さんのお祭りでした。延暦13年(794年)桓武天皇は都を平安京へ遷都され、都を守るために平安京の四方に建てられたお社の一つが岡崎神社さんです。都の東に鎮座されていることから、東天王とも称され、今も付近の町名は「岡崎東天王町」と言います。創建当時岡崎神社さんの付近は野兎の生息地であったことから兎が氏神様の神使とされ、境内には狛うさぎや、子授けうさぎ像があり、2011年の卯年には多くの方が神社を訪れられたそうです。実は私も昭和38年の卯年生まれ、すごくご縁を感じています。ご祭神のスサノヲノミコト、クシイナダヒメノミコトの夫婦神には三女五男の御子神がおられ、また兎が多産であることから「子授け」「安産」「良縁」の神社としても、多くの信仰を集められています。ご祭神のご利益に感謝し、今後とも卯年のご縁を大切にしてまいりたいと思います。

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高野パチンコ店問題!!

京都市当局、ご関係者からご連絡もいただいておりましたが、左京区高野のカナート東側集合住宅の掲示板に写真のような掲示があり、既に高野パチンコ店建設が中止となったことについてはオープンになっているようです。そもそもこの問題は平成24年夏、突然に高野集合住宅全戸に、それまで営業していたホテルアバンシェル京都の営業を年末で終了し、跡地にパチンコ店を建設するというビラが配布されことが発端で大騒ぎとなり、地域の皆さまは早急に反対の協議会を結成され、議会へも計画見直しの請願があり、当時私たちはその年の11月の議会でこの請願を採択しました。ただ請願そのものには法的な拘束力はなく、また当該地域は近隣商業地域という区分で法的にはパチンコ店建設は可能でした。門川市長ご自身も「あの地域にパチンコ店が建設できる制度そのもに矛盾を感じる」と発言され、私自身は翌年5月の市会本会議代表質問で門川市長に対し、市長の政治判断をもってこの問題の解決に取り組んで欲しいと申し上げたところ、市長からはまちづくり条例を改正すると答弁があり、この問題で課題となった部分に対応する条例改正は既に実施されています。今年2月の市長選挙でも門川市長は高野イズミヤ前の街頭演説で繰り返しパチンコ店建設問題にしっかり取り組むと堂々と訴えられていました。当初私に対し?がつくようなプレッシャーも正直ありましたが、計画が発覚して5年、何はともあれ住民の皆様、議会、行政の連携によって所期の目的を達成することができたものと考えます。

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